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【動画】被曝治療83日間の記録〜東海村臨界事故〜

あの事故に遭った現場作業員の身に,
いったいどのようなことが起きていたのか?

治療にあたった医師,看護婦たちの証言から,
その凄絶な「生」の姿が浮か び上がる。

ひとつの命のゆくえに肉迫する渾身のルポルタージュ。
放送後,大きな反響を呼び,国内外数々の賞を受賞した
テレビ・ドキュメンタリー史上に残る 作品。



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「被曝治療83日間の記録〜東海村臨界事故



 



東海村JCO臨界事故

1999年9月30日、JCOの核燃料加工施設内で核燃料サイクル開発機構の高速増殖実験炉「常陽」向けの燃料加工の工程中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生。約20時間持続した。至近距離で致死量の中性子線を浴びた作業員3人中、2人が死亡した。
溶液は本来、専用のチューブで少しずつ流し込むことになっていた。しかし、職員が時間をかけまいと、バケツとひしゃくを使って溶液を流し込んだ。その結果、溶液が通常の7倍にまで入ったため、臨界がおきたとされている。

この事故では3名の作業員が推定1シーベルト以上の多量の放射線を浴びた。彼ら被曝者はヘリコプターで東大病院などに搬送され集中治療がなされたが、17シーベルトの被曝をした作業員は事故後83日後の12月21日に死亡、また10シーベルトの被曝をした作業員も事故後211日後の翌年4月27日に死亡した。死因は何れも、放射線被曝による多臓器不全である。全身への8シーベルト以上の被曝には、ほとんど手の施しようがないのが現状である。

また臨界を収束させるための作業を行った関係者7人が年間許容線量を越える被曝をし、事故の内容を十分知らされずに、被曝した作業員を搬送すべく駆け付けた救急隊員3人の2次被曝が起こった。さらに周辺住民への中性子線等の被曝も起こった。


被爆治療83日間の記録(PDF)
http://www8.plala.or.jp/grasia/dokushyo/JCO/Hibaku2.pdf




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